北海道を歩く、明治という時代を歩く。
— 『ゴールデンカムイ』が結ぶ、5つの街の記憶
正直に言うと、わたしは『ゴールデンカムイ』の「これ実在するのか」という驚きに何度もやられてきた口だ。網走監獄がそのまま出てくる。小樽の建物がそのまま出てくる。フィクションのはずなのに、地図が実在の北海道と正確に重なっていく——この気持ち悪いくらいの実在感こそが、この作品の一番の武器だと思う。
この旅で巡る5つの街
- 網走・小樽・札幌・函館・夕張。杉元とアシリパさんの旅は、日本地図の上を移動しているだけでなく、明治という時代の「北海道開拓」の記憶そのものの上を歩いている。
- この記事で扱うのはすべて博物館・公共施設・自治体公式の取り組み。私有地やロケ地の生活空間には立ち入らない。
- 2026年3月には実写映画『ゴールデンカムイ 網走監獄襲撃編』が公開。原作者・野田サトル氏の公式発言とファン考証を区別しながら、5つの街を歩く。
はじめに — 埋蔵金を追う旅は、なぜ北海道でなければならなかったのか
杉元佐一とアシリパさんが追う金塊の物語は、網走に始まり、小樽、札幌、函館へと北海道を巡っていく。原作者・野田サトル氏は北海道出身で、作品を描くにあたって現地取材を重ねてきたことを、サッポロビールとの公式企画でも本人が語っている——「サッポロビールに『札幌』とついているのが大事。説明的にならず現在地を伝えられる」。これは公式発言だ。
この旅がなぜ北海道でなければならなかったか。それは、明治という時代の北海道が「開拓」という名のもとに、監獄も、ビール産業も、鉄道も、すべてが同時並行で急ごしらえされていった特殊な土地だったからだと思う。杉元たちの旅路は、その急ごしらえの近代化の跡を、そのまま辿っている。
第一章 網走市 — 「日本最北の監獄」という、実在の重み
物語序盤、白石由竹が脱獄する舞台となるのが網走監獄だ。現在は「博物館 網走監獄」として保存・公開されている、実在の施設である。国の重要文化財に指定された建物を含む野外博物館で、原作者・野田サトル氏は2017年に取材で訪れており、館内には直筆サインや白石のキャラクターが描かれた色紙が展示されている(博物館側の展示として確認できる事実)。
わたしがこの監獄のくだりを読んで震えたのは、単に「脱獄アクションがすごい」からではない。網走監獄は明治期、囚人の労働力を使って北海道の道路建設を進めるためにつくられた施設だった。作品内の白石の軽妙さの裏に、この土地の重い歴史がそのまま横たわっている。ギャグと歴史が同じコマの中で同居できるのが、この作品の異様な強度だと思う。
2026年3月には実写映画『ゴールデンカムイ 網走監獄襲撃編』が公開され、網走監獄でのロケや徹底した再現が話題になった。作品が今も生きて動き続けていることを、この映画が教えてくれる。
第二章 小樽市 — 港町の建築群が、そのまま「作中世界」になる
小樽は、アシリパさんの衣装や作中の蒸気機関車のモデルが実在する街だ。小樽観光協会の公式サイトは、小樽市総合博物館運河館に「アシリパの着ている衣装にそっくりな服」が展示されていること、同館本館に作中クライマックスに登場する蒸気機関車「しづか号」と客車が保存されていることを、公式に紹介している。
小樽大正硝子館や日本銀行旧小樽支店金融資料館といった、明治・大正期の商業建築がそのまま残る街並みも、観光協会が「作品の世界観を感じられるスポット」として案内している。これは自治体観光協会による公式な位置づけであり、ファンの想像で結びつけた話ではない。
小樽という街の魅力は、開拓期の商都としての建築がほぼそのまま残っていることにある。作品が描く「明治末期の北海道」を、フィクションの力を借りずに、建物そのものが体現している。聖地巡礼という言葉を使わなくても、この街を歩くだけで時代が香ってくる。
第三章 札幌市 — サッポロビール工場が担った、物語の「スケール」
物語終盤、キャラクターたちが集結する舞台になるのが、札幌麦酒工場(現・サッポロファクトリー)だ。野田サトル氏はサッポロビールとの公式企画の中で、この場所を選んだ理由を「スケール的に最適だった」と語り、作中で「札幌麦酒工場建設にアイヌの埋蔵金が流用される」という設定を組み込んだことも明かしている。これは原作者本人の発言であり、ファン考証ではない。
サッポロビール博物館では、当時のビール工場の様子を今も見学できる。わたしがここで面白いと思うのは、「地元の名産品を使わせてもらったことで作品に深みが出た」という野田氏自身の言葉だ。企業や自治体とクリエイターの協力関係が、単なる版権ビジネスではなく、作品の説得力そのものを底上げしている。推し活カテゴリの筆者として、とても健全な関係性に見える。
第四章 函館市 — 物語のクライマックスが、今まさに街を染めている
物語終盤、舞台は函館へと移る。杉元たちと土方歳三率いる部隊が、五稜郭を巡って激突する——このクライマックスの舞台が、実在する国指定特別史跡・五稜郭だ。
そして2026年、函館市は「ゴールデンカムイ 黄金に染まる函館」という大型コラボ企画を展開している。これは函館市・七飯町・函館国際観光コンベンション協会・函館商工会議所・JR北海道が実行委員会を組んで進める、正式な自治体公式プロジェクトだ。街中の駅・空港・五稜郭タワーなどにフラッグやフォトスポットが設置され、デジタルスタンプラリーが2026年4月28日から7月26日まで実施されている。
わたしがこの一報を見た時に感じたのは、「作品と街の関係が、もう聖地巡礼という個人の巡礼行為を超えて、街づくりの公式プロジェクトとして正式に組み込まれている」という変化だ。大洗や久喜のような「10年かけて育った関係」とは違う、最初から自治体主導で大規模に立ち上げるタイプの協働で、函館の観光資源の厚み——五稜郭という国指定史跡がすでにあること——があってこそ成立している形だと思う。
第五章 夕張市 — 石炭の記憶と、作品が交わる場所
物語の一部で描かれる炭鉱の場面と関係が深いとされるのが、夕張市の石炭博物館だ。夕張はかつて日本有数の産炭地であり、現在は炭鉱の歴史を伝える博物館として石炭産業の記憶を保存している。館内では作品に関連したスタンプラリー企画も行われてきた。
夕張市は2007年に財政破綻した街としても知られている。炭鉱産業が閉じたあとの街の困難を知っていると、この博物館が「かつてここに膨大なエネルギーと労働があった」ことを伝え続けている意味が、少し違って見えてくる。作品が描く近代化の光と影——開拓・産業・労働——を、夕張という街の実際の歴史がそのまま裏付けている。
5つの街を歩いてわかること — 「開拓」という時代を、地図として読む
網走の監獄、小樽の港湾建築、札幌のビール工場、函館の五稜郭、夕張の炭鉱。5つの街を並べると、見えてくるのは単なる聖地の点在ではない。これはすべて、明治政府が北海道を「開拓」するために急いで作った施設の跡地だ。監獄も、港湾商都も、ビール産業も、要塞も、炭鉱も、すべて同じ時代に同じ土地で同時に立ち上がった。
『ゴールデンカムイ』が北海道全域を舞台にできたのは、偶然ではないと思う。この土地そのものが、明治という時代の急ごしらえの近代化を、今も建物として残しているからだ。作品がフィクションでありながらあれほどの実在感を持つのは、原作者が現地取材を重ね、自治体や企業と協力しながら、その土地の記憶を丁寧に拾い上げてきた結果なのだと思う。
住民が今も暮らす街であることについて
この記事で紹介した施設は、いずれも博物館・観光施設・自治体公式のコラボレーション企画であり、住民の生活空間そのものではない。ただし、網走・小樽・札幌・函館・夕張はどの街も、観光地である以前に人が実際に暮らし、働いている街だ。特に夕張市は人口減少と財政再建という現実の課題を抱え続けている街でもある。作品のファンとしてこれらの街を訪れる時は、そこが誰かの日常の場であることを、まず胸に置いてほしい。この記事はスポットの地図でも行き方ガイドでもなく、そのことを踏まえた上で書いた読み物だ。
この物語に、もう一度ふれる
原作コミックスで、あるいは2026年公開の実写映画で。北海道の5つの街を思い出しながら、もう一度あの旅を辿ってみませんか。