「待機児童ゼロ」は、保育の入りやすさの半分でしかない。
— 埼玉・千葉・群馬 8 市町の実例で読む、保育所密度のもう半分
こども家庭庁が公表する「待機児童ゼロ」は、保育所の余裕を保証する言葉ではない。埼玉県川口市・狭山市などの通勤圏では人口増加に保育所整備が追いつかず、いまも待機児童が出ている一方、千葉県印西市や群馬県前橋市はゼロを維持している。その差を分ける保育所密度の読み方を、丘田ちひろが解説する。
この記事で分かること
- 「待機児童ゼロ」は、その年の選考にあぶれた子どもがいなかったという結果を示すだけで、保育所の数や余裕を保証する言葉ではない。ゼロに至る道のりは街によってまったく違う。
- 埼玉県南部の通勤圏(川口市・川越市・狭山市 等)は人口が20年で3〜4割増え、保育所整備が追いつかず今も待機児童が出ている。ただし所沢市のように人口増が最大でも待機児童ほぼゼロの例もあり、人口増加の大きさだけでは有無を予測できない。
- 同じ「ゼロ」でも、印西市(急成長に供給で追いついた攻めのゼロ)・前橋市(安定のゼロ)・吉岡町(小規模で高出生率のゼロ)と背景は3通り。街を選ぶ時は待機児童数という単年値に、20年の人口変化率と保育所密度を重ねて読む。
待機児童ゼロは、保育所の余裕を保証しない
「待機児童ゼロ」という発表は、その年の選考にあぶれた子どもがいなかったという結果を示すだけで、保育所そのものの数や余裕を保証する言葉ではない。こども家庭庁が毎年4月1日時点で公表する待機児童数(waitlistChildren)は、全国の自治体の保育の「入りやすさ」を測る代表的な指標として使われる。しかしこの数字は、保育所の受け皿の広さ(人口あたりの保育所数、いわゆる保育所密度)とは別のものだ。ゼロという結果に至る道のりは、街によってまったく違う。埼玉県・千葉県・群馬県の8つの市町を実例に、その違いを具体的に見ていく。
埼玉県南部の通勤圏では、いまも待機児童が生まれている
東京への通勤圏として20年間で人口を3〜4割伸ばしてきた埼玉県南部の市では、保育所整備が需要の伸びに追いつかず、待機児童が今も出ている。川口市(人口約59.4万人)は20年で人口が36.5%増え、待機児童は9人。川越市(約35.5万人)も20年で36.7%増え、待機児童は同じく9人。春日部市(約23.0万人)は20年で22.3%増にとどまるが待機児童9人、狭山市(約14.9万人)は待機児童12人と、本稿の中で最も多い。
ただしこの関係は単純な比例ではない。同じ埼玉県南部の所沢市(約34.2万人)は20年で44.8%と本稿の中で最も人口を伸ばしているのに、待機児童はわずか1人だ。人口の伸び幅がほぼ同じ川口市・川越市が9人を抱える一方で、それを上回る伸び幅の所沢市がほぼゼロに近い。人口増加の大きさだけで待機児童の有無を予測することはできない。保育所の建設タイミングや、地域内での年齢別の子どもの偏在など、市区町村単位の平均値には現れない要因が働いている。
同じ「ゼロ」でも、たどり着き方は3通りある
待機児童ゼロを達成した街の中でも、そこに至る背景は「急成長に供給で追いついた街」「緩やかな人口動態のなかで安定的にゼロを保つ街」「小規模ながら出生率が高く需要と供給が伴った街」の3つに分かれる。印西市(人口約10.3万人)は20年で人口が242.4%増加した、本稿の中でも突出した成長地域だ。それでも保育所密度(nurseryPerPop、人口1万人あたりの保育所等の施設数)は3.22件と本稿の8市町で最も高く、出生率(人口千人あたり)も高水準を保ちながら待機児童ゼロを維持している。急成長する需要に、供給側が意識的に追いついてきた「攻めのゼロ」と言える。
一方、群馬県庁所在地の前橋市(人口約33.2万人)は20年の人口増加が6.8%と緩やかで、保育所密度は2.41件。人口が急増しているわけではなく、需要と供給が安定的に釣り合っている「安定のゼロ」だ。そして群馬県吉岡町(人口約2.2万人)は町という小さな行政単位ながら、20年で人口が89.5%増え、出生率は本稿の中で最も高い。保育所密度は2.29件で、規模は小さくても需要の伸びに供給が対応できている「小規模自治体型のゼロ」に当たる。同じ「ゼロ」という表示の裏に、まったく違う3つの物語がある。
密度指標には「誰の何に対する割合か」という盲点がある
保育所密度(nurseryPerPop)は「その街に住む未就学児の数」に対する割合ではなく、「街全体の人口」に対する割合であることを、数字を読むときは忘れてはならない。nurseryPerPopは保育所数を人口で割り1万人あたりに換算した値で、出典はe-Stat「統計でみる市区町村のすがた」だ。この計算方法のため、高齢化が進んで子育て世代の割合そのものが低い街では、密度の数値が低く出ても、実際にそこで子育てをしている少数の世帯にとっては十分足りている、という逆転が起こりうる。逆に子育て世代の転入が続く街では、密度の数値が平均的でも、体感としては激戦区に感じられることがある。この計算の前提については、姉妹記事「子育て指標の読み方。保育・教育・医療・安全を数字で選ぶ前に。」でより詳しく解説している。
街を選ぶときは、単年の数字ではなく2つの軸を重ねて読む
引っ越し先を絞り込む段階では、待機児童数という単年の結果だけでなく、20年単位の人口変化率(popChange)と保育所密度(nurseryPerPop)を重ねて見ることで、「今年たまたまゼロ」なのか「構造的に入りやすい」のかを見分けやすくなる。本稿で見た8市町のうち、印西市・前橋市・吉岡町はいずれも保育所密度が2.2件を超え、ゼロという結果に構造的な裏付けがある。一方で待機児童が出ている4市も、密度そのものは1.5〜2.2件の範囲にあり、「保育所が極端に少ないから」という単純な説明では片付かない。人口増加のスピードに対して、保育所整備がどれだけ計画的に進められてきたかという「時間差」の問題が大きい。
数字で候補を絞ったあとは、検討している自治体の公式サイトで直近の入所案内、特に0〜2歳児クラスの申し込み状況を確認することをおすすめする。統計は過去1年の結果であり、来年の枠を保証するものではない。数字は地図であり、最後の確認は現地と自治体の窓口に委ねるのが、街の通信簿の一貫した立場だ。