あの作品は、この街から生まれた。
— 原作者と出身地の、意外な地図
鳥取県境港市から水木しげる、大分県日田市から諫山創、山口県宇部市から庵野秀明。作品の舞台ではなく、その作品を作った人が育った街。あなたの推しのクリエイターの故郷は、どこにあるのか。
この記事で広がる地図
- 聖地の多くは「作品の舞台」だ。しかしもう一枚の地図がある——その作品を作ったクリエイターが育った街の地図。境港・日田・宇部・須賀川・横手、5 つの街と 5 人の作家から、「作品と出身地の距離感」を読み解く。
- 5 つの事例を並べると、出身地と作品の関係がそれぞれ異なることが見えてくる。境港や横手のように街の風土が直接作品に流れ込んでいるタイプ、宇部や日田のように間接的・事後的に語られるタイプ、須賀川のように街の側が能動的に「縁を選んだ」タイプ。
- 街の通信簿では、Wikidata(P19 出生地など)と国立国会図書館 API を組み合わせ、漫画家・監督・声優のゆかりデータを整理している。あなたの推しのクリエイターの故郷も、この地図の中にあるかもしれない。
作品と出身地の「別の地図」
「聖地」と呼ばれる場所のほとんどは、作品の舞台だ。主人公が走った坂道、ヒロインが立っていた踏切、作中に出てきた神社。巡礼者はその場所に立つことで、画面の中の景色と現実を重ねる体験を求める。
だが、もう一枚の地図がある。作品の「舞台」ではなく、その作品を生み出したクリエイターが育った街だ。この地図は、作品ファンが普段あまり意識しない地図でもある。アニメツーリズム協会が 2024 年版で公認する 88 の聖地のなかにも、舞台ではなくクリエイターの出身地として認定されている街がいくつか存在する。
街の通信簿の otaku カテゴリでは、こうした「原作者・監督が縁のある街」を「この作品と縁のある街」として整理している。今回は、そのなかから 5 つを取り上げる。
5 つの街と 5 つの作品
境港市(鳥取県)× 水木しげる / ゲゲゲの鬼太郎
水木しげるは 1922 年、境港市に生まれた。妖怪漫画の第一人者として知られ、ゲゲゲの鬼太郎の第 1 作アニメ化は 1968 年。半世紀を超えてシリーズが続く長命作品だ。境港市は水木しげるロードを整備し、街を挙げて水木ワールドを継承している。駅前から続く商店街には 177 体の妖怪ブロンズ像が並び、作家の死後も街と作品の関係が続いている。アニメツーリズム協会の 2024 年版でも公認聖地として認定されている。単なる「出身地」を超え、街そのものが作品の世界観を担い続けているという点で、この 5 つのなかでも特異な存在だ。
日田市(大分県)× 諫山創 / 進撃の巨人
大分県日田市出身の諫山創が描いた進撃の巨人は、2013 年のアニメ化以降、世界的な規模で読まれることになった。日田市は原作者の出身地であり、大山ダム周辺には進撃の巨人のモニュメントが設置されている。日田市街の景観が作中のウォール内の街並みに影響を与えたという見方もあるが、諫山創本人は必ずしもモデル地を明言しているわけではない。作品の舞台と出身地を重ねて語ることへの慎重さは必要だ。それでも、作家が幼少期を過ごした街とその作品の間に何らかの土壌がある、という感覚はファンの間に広く共有されている。
宇部市(山口県)× 庵野秀明 / エヴァンゲリオン
庵野秀明は 1960 年、山口県宇部市に生まれた。新世紀エヴァンゲリオンの初放送は 1995 年。作品の舞台は神奈川県箱根周辺を思わせる「第三新東京市」であり、宇部市が直接描かれるわけではない。しかし庵野秀明が最終作にあたるシン・エヴァンゲリオン劇場版(2021 年)で宇部新川駅周辺の実景を使用したことで、出身地と作品の関係が一気に可視化された。あの終わり方を見た時、宇部という街が急に近くなったと感じた人は少なくないはずだ。アニメツーリズム協会 2024 年版の公認聖地にもなっている。
須賀川市(福島県)× 円谷英二 / ウルトラマンシリーズ
円谷英二は 1901 年、福島県須賀川市に生まれた。ウルトラマンシリーズ第 1 作の放送は 1966 年。特撮の礎を作った人物であり、円谷英二ミュージアムが須賀川市に設置されている。街中にはウルトラマンの銅像が並ぶ。2013 年には M78 星雲光の国との姉妹都市協定が締結された——架空の星と実在の市が正式に姉妹都市になるという、ある意味でこれ以上ない聖地化の形だ。アニメツーリズム協会の公認聖地としても認定されている。
横手市(秋田県)× 矢口高雄 / 釣りキチ三平
矢口高雄は 1939 年、秋田県横手市(旧・増田町)に生まれた。釣りキチ三平の連載開始は 1973 年、アニメ化は 1980 年。横手市はアニメツーリズム協会の 2024 年版で原作者出身地として公認されている。「釣りキチ三平」の舞台は東北の河川と大自然であり、横手市周辺の風土が作品の空気感に直結している。矢口高雄は 2020 年に死去しているが、地元では没後も作品を継承する動きが続いている。
出身地と作品の「距離感」
5 つの事例を並べると、出身地と作品の「距離感」がそれぞれ異なることが見えてくる。
境港と横手は、街の風景や風土が作品の世界観に直接流れ込んでいるタイプだ。水木しげるの妖怪観は境港の海沿いの景色と不可分だし、矢口高雄の釣りの描写は横手周辺の川の記憶から来ている。出身地と作品の間に「直接回路」がある。
宇部と日田は、もう少し間接的だ。庵野秀明のエヴァは宇部を舞台にしていないし、諫山創の進撃の巨人が日田をモデルにしているとも言い切れない。しかし最後の最後に宇部新川駅を使ったこと、日田という山に囲まれた盆地で育った感覚がウォールの概念に無関係とは言いにくいこと——そういう「空気の影響」が事後的に語られるタイプだ。
須賀川は少し特殊で、円谷英二の特撮技術と出身地の関係はむしろ「後から語られる」に近い。ウルトラマンのビジュアルに須賀川の記憶が直接刻まれているわけではないが、街が積極的に英雄を召喚した。M78 星雲との姉妹都市協定はその最たる例で、「この作品と縁のある街」としての自己定義を街の側が選んだケースだ。
故郷は逃げる場所でも帰る場所でもなく、創作の土壌だ——とどこかで読んだ言葉を思い出す。その土壌の質と形が、5 つの街でそれぞれ違う。
データで辿る — あなたの推しのクリエイターの街
街の通信簿では、Wikidata の人物データ(P19: 出生地 / P551: 居住地 / P20: 死去地)と国立国会図書館 API を組み合わせ、漫画家・小説家・声優・監督のゆかりデータを 757 都市分整理している。今回取り上げた 5 名(水木しげる / 諫山創 / 庵野秀明 / 円谷英二 / 矢口高雄)はいずれもこのデータに収録されており、各都市の otaku ページ「この作品と縁のある街」セクションから参照できる。
このデータは現在も拡張中だ。今回の 5 名は「アニメツーリズム協会が公認し、一定の知名度がある」という条件で選んだが、地域に根ざした漫画家・小説家で類似の構造を持つ事例は全国に散在している。
この地図は、まだ続く。