祭りは、劇中から生まれた。
— 『花咲くいろは』と金沢市湯涌温泉、十四回目を迎える「ぼんぼり祭り」
これまで書いてきた聖地は、どれも「もとからそこにあった」場所だった。でも湯涌温泉は違う。劇中にしか存在しなかった架空の神事を、地元が現実の祭りとして一から立ち上げた。きっかけはアニメ人気ではなく、水害からの復興。規模を追わず、入場を制限したまま十四回目を迎える祭りの、十五年を辿る。
この記事の結論(3行)
- 湯涌温泉の「ぼんぼり祭り」は、もとからあった伝統をアニメが後から取り上げたのではなく、劇中にしか存在しなかった架空の神事を、地元が2011年に現実の祭りとして一から立ち上げたものだ。
- きっかけはアニメ人気ではなく、2008年7月28日の浅野川水害からの復興3周年事業。コロナ禍で2020・2021年は中止され、2026年10月17日の開催で通算14回目を迎える。
- アニメツーリズム協会「訪れてみたい日本のアニメ聖地88」2025年版・2026年版(協会設立10周年で100作品に拡大)に連続選定。地元主体・入場制限つきという運営姿勢も、13年間変わっていない。
この祭りは、劇中の架空の神事が現実になったものだ
湯涌温泉の「ぼんぼり祭り」は、他の多くの聖地巡礼と違い、実在の伝統行事をアニメが後から取り上げたのではなく、劇中にしか存在しなかった架空の神事を、地元が一から現実の祭りとして立ち上げたものだ。2011年4月から9月にかけて放送されたテレビアニメ『花咲くいろは』(P.A.WORKS制作、全26話)は、架空の温泉町「湯乃鷺」を舞台にした物語だ。モデルになったのは石川県金沢市の山あいにある実在の温泉地、湯涌温泉。劇中でヒロインたちが働く旅館の秋祭りとして描かれる「ぼんぼり祭り」は、脚本上の創作であり、放送開始時点では現実のどこにも存在していなかった。
作品はこの街に本気で向き合った。2013年公開の劇場版『HOME 未来の色』は、全国公開の3月30日に先立って、地元・石川県で3月9日から先行上映されている。舞台にした街に、真っ先に見せる。この順番の選び方に、制作側の姿勢が表れている。
祭りが生まれた理由は、水害からの復興だった
この祭りが生まれた最初のきっかけは、アニメの人気ではなく、2008年7月28日に湯涌温泉一帯を襲った浅野川水害からの復興だった。その夏、集中豪雨で氾濫した浅野川は湯涌温泉一帯を浸水させ、書き入れ時の夏休みシーズンを直撃した。地元はその後、水害復興の事業を模索する中で、2011年、水害から3年という節目に、放送が始まったばかりの『花咲くいろは』の製作委員会に「劇中の祭りを、本当にやりたい」と打診する。快諾を受けたのは同じ2011年の春。10月の開催まで、準備期間はわずか半年だった。
2011年10月9日、第1回「湯涌ぼんぼり祭り」が開催された。約300基のぼんぼりを温泉街に掲げ、湯涌温泉街の入口から湯涌稲荷神社を経て、お焚き上げの儀を行う玉泉湖まで練り歩く。初回の来場者は約5,000人。劇中の架空の神事が、この日、現実になった。
十五年の間に、二度、途切れた
2011年の初開催から今年で十五年目を迎えるが、この祭りが毎年途切れず続いてきたわけではない——新型コロナウイルスの影響で、2020年と2021年の二年間は中止された。2011年から2019年までは基本的に毎年開催されている(台風の影響で順延・縮小になった年もある)。来場者数は伸びた時期もあり、2015年には約14,000人を記録した。その後、2020年・2021年はコロナ禍で中止。2022年に再開し、以後は毎年続いている。2023年の来場者数は約3,000人。
ピーク時から数字だけを見れば減ってはいるが、これは衰退というより、13年前の「架空の祭りをゼロから立ち上げる」という異例のスタートから、地域が背負える規模へと落ち着いていった過程だと私は思っている。2026年の開催は10月17日(土)。第14回を数える。初開催から15年目、開催実数で14回という数字のズレそのものが、コロナ禍という空白を正直に物語っている。
この祭りは、誰でも自由に入れるわけではない
大規模化よりも地元の受け入れ規模を優先する運営方針として、ぼんぼり祭りは湯涌温泉の宿泊者・個人協賛者・一般入場券購入者のみが入場できる、入場制限つきの祭りとして運営されている。主催は湯涌温泉観光協会。地元が主体となって開催し、誰でも無制限に押し寄せられる祭りにはしていない。
これは聖地巡礼の世界でしばしば起きる「ファンが集まりすぎて地域の許容量を超える」問題への、ひとつの答え方だと思う。人気に任せて規模を追わず、13年間、自分たちで決めた枠の中で祭りを続けてきた。
アニメ聖地88選に、今年も名を連ねている
この祭りの舞台、石川県金沢市(湯涌温泉)は、アニメツーリズム協会「訪れてみたい日本のアニメ聖地88」の2025年版・2026年版に連続して選ばれている。アニメツーリズム協会は2016年9月に設立された一般社団法人で、2018年から毎年「訪れてみたい日本のアニメ聖地88」を発表してきた。2026年版は協会設立10周年を記念した特別編で、通常の88作品から100作品に拡大されている。
88選は自治体・地域と作品の関係を協会が公式に認定する制度だ。湯涌温泉の場合、地元発の祭りという実態が先にあって、その上に公式認定が重なっている。多くの聖地とは順序が逆になっている点が、この街の特殊さを表している。
この物語を作った場所も、隣県にある
『花咲くいろは』を作ったP.A.WORKSのスタジオは、湯涌温泉と同じ北陸でも、隣の富山県南砺市にある。P.A.WORKSは南砺市城端に本社を置くアニメーション制作会社で、2016年には地元産の木材をふんだんに使った新スタジオを構えた。
以前の記事「あの作品は、この街から生まれた。」では原作者の出身地を扱ったが、今回は少し違う。物語の舞台(金沢市)と、それを作ったスタジオの拠点(南砺市)が、同じ北陸の隣県で向き合っている。地方に根を張るアニメスタジオが、隣県の実在の温泉町を選んで描いた——これもまた、東京だけでは起きない関係の結び方だと思う。
十五年前のワンシーンが、今日もぼんぼりを灯す
多くの聖地巡礼は「もとからあった街の魅力」にアニメが光を当てる形で始まるが、湯涌温泉のぼんぼり祭りは逆だ——アニメの中にしか無かった祭りを、街の人たちが自分の手で現実に持ち込んだ。
正直に言うと、私はこの手の話にとても弱い。聖地巡礼の多くは、既にある神社や商店街に、作品が新しい意味を重ねていく話だ。でも湯涌温泉は、劇中の一場面をゼロから現実にした。しかもそのきっかけは水害からの復興で、規模を追わず、入場を制限し、13年経った今も地元主体の運営を崩していない。派手さより、続けることを選んだ祭りだと思う。
2026年10月17日、湯涌温泉に14回目のぼんぼりが灯る。行くなら、宿泊するか、事前に一般入場券を確保してから向かってほしい。それが、この祭りを13年間続けてきた地元への、いちばん誠実な訪ね方だと思う。