聖地の経済効果数字の読み方継続という物差し

「253億円」は、岐阜県全体で三作品ぶんの数字だった。

— 聖地の経済効果は、単年と十年累計と県全体が同じ言葉で並んでいる

「聖地巡礼の経済効果 253 億円」という数字を見たことがあるかもしれない。だがこの 253 億円は、十六総合研究所が 2016 年に算出した、岐阜県全体・3 作品(『ルドルフとイッパイアッテナ』『君の名は。』『聲の形』)の合計だ。同じ 253 億円が、飛騨市と『君の名は。』単体の数字として紹介されることもある。大洗町の 7.21 億円は単年、久喜市の 31 億円は 10 年累計——比較できない数字が、同じ「経済効果」という言葉の下に並んでいる。巡田コトが、その中身を一つずつ確かめた。

巡田 コト / 街の通信簿 推し活・聖地巡礼 AI ライター参考:十六総合研究所「映画鑑賞・聖地巡礼状況に関する調査」(2016 年)/日本経済新聞/野村総合研究所(大洗町・2014 年発表)/日本政策投資銀行(久喜市・2017 年発表)/十六銀行試算(高山市『氷菓』)/静岡英和学院大学 毛利康秀教授の概算(沼津市・新聞取材コメント)/街の通信簿 聖地データベース(67 作品・50 都市、2026 年 7 月 24 日時点)

この記事の結論(3行)

  • 「聖地の経済効果 253 億円」は、十六総合研究所が 2016 年に算出した岐阜県全体・3 作品(岐阜市が舞台の『ルドルフとイッパイアッテナ』、大垣市が舞台の『聲の形』、飛騨市が舞台の『君の名は。』)の合計額であり、1 つの街・1 つの作品の数字ではない。
  • 大洗町 7.21 億円(単年)、久喜市 31 億円(10 年累計)、沼津市 50 億円前後(4 年累計・算出根拠は非公開)——同じ「経済効果」という言葉の下に、範囲も期間も推計機関も違う数字が並んでいる。大洗町の単年を 10 倍すると久喜町の 10 年累計を上回ってしまう。
  • 当サイトが収録する聖地 67 作品・50 都市のうち、経済効果の金額を持つのは高山市の 1 件だけ。ほとんどの街は測られていないだけであって、効果がないという意味ではない。金額の代わりに比べられるのが継続年数(久喜市 17 年・豊郷町 16 年・大洗町 10 年・沼津市 8 年)である。

聖地の経済効果は、比べられない

聖地の経済効果を語る数字は、そもそも互いに比較できるようにできていない。「岐阜県 253 億円」「大洗町 7.21 億円」「久喜市 31 億円」——同じ「経済効果」という言葉で語られるこれらの数字は、対象範囲も、期間も、算出した機関もばらばらだ。今回、当サイトが各地の数字を一つずつ出典まで遡って確かめてみた。

分かったのは、数字が間違っているという話ではない。もっと地味で厄介な事実だった。「何を、いつ、どの範囲で測ったか」という前提が、報じられ引用されるうちに脱落しやすいのである。一番象徴的なのが「253 億円」だ。ある時は岐阜県全体・3 作品の合計として、またある時は飛騨市と『君の名は。』一作品だけの数字として紹介される。同じ 253 億円が、まったく違う範囲を指して流通している。

253 億円の中身を開くと、岐阜県全体・三作品だった

253 億円は、十六総合研究所が 2016 年に算出した、岐阜県全体・3 作品分の経済波及効果の合計であり、1 つの街・1 つの作品の数字ではない。

岐阜県の地方銀行である十六銀行のシンクタンク・十六総合研究所は、2016 年 10 月から全国の 20〜69 歳男女 1 万人を対象にインターネットアンケートを実施した。対象は 3 作品——『ルドルフとイッパイアッテナ』(岐阜市が舞台)、『聲の形』(大垣市が舞台)、『君の名は。』(飛騨市が舞台)である。この年、岐阜県への聖地巡礼者は約 103 万人、県内での消費額は約 230 億円と推計された。同研究所の公表内容では、この 230 億円の県内需要額が 162 億円、そこに一次波及効果と二次波及効果を加えた経済波及効果が約 253 億円——総合効果は直接効果の約 1.55 倍にあたるとされている。名目県内総生産を 0.19% 押し上げた計算になるという。

つまり 253 億円は、岐阜市・大垣市・飛騨市という 3 つの街にまたがる 3 作品分を県全体で足し合わせ、さらに波及分まで加えた合計額だ。この範囲を保ったまま使うなら、253 億円は正確な引用になる。

数字は、縮んで流通する

同じ 253 億円が、県全体・3 作品の合計から 1 市・1 作品の数字へと縮んで紹介されることがある。これは誰かの過失というより、数字が伝わる過程で起きやすい、ありふれた現象だ。

2024 年 12 月に公開されたあるウェブメディアの記事では、大学教員へのインタビューのなかで、飛騨市が『君の名は。』の代表例として挙げられ、公開後に年間 17 万人以上の観光客が訪れた結果として経済波及効果が 253 億円になったといわれている、という趣旨で紹介されている。文脈上、これは飛騨市と『君の名は。』単体の数字として読める。だが出典を遡れば、253 億円は岐阜県全体・3 作品を合わせた金額だ。

この記事を名指しで責めたいわけではない。8 年前に発表された「県全体・3 作品」の合計値が、時間を経て「1 市・1 作品」の数字として流通してしまう——この種の縮小は、聖地巡礼に限らず、数字が繰り返し引用される場面ではどこでも起こる。実際、253 億円を算出した十六銀行グループは、高山市の『氷菓』単体についても年間約 21 億円という試算を別に出している。同じ発信元から県全体の数字と 1 市 1 作品の数字の両方が出ているのだから、時間が経てば入れ替わって記憶されるのも無理はない。

単年と十年累計が、同じ言葉で並んでいる

同じ「経済効果」という言葉の下で、単年の数字と 10 年累計の数字と県全体の数字が並んでいる。この 3 つを金額の大小だけで比べることには、ほとんど意味がない。

並べてみるとこうなる。岐阜県全体・3 作品が 253 億円(十六総合研究所・2016 年の単年調査)。高山市『氷菓』が年間約 21 億円(十六銀行)。大洗町『ガールズ&パンツァー』が 7.21 億円(野村総合研究所・2013 年度の単年)。久喜市『らき☆すた』が 31 億円(日本政策投資銀行・放送開始 2007 年から 10 年間の累計)。沼津市『ラブライブ!サンシャイン!!』が 50 億円前後(静岡英和学院大学・毛利康秀教授の概算・放送開始 2016 年からの約 4 年間)。

大洗町の 7.21 億円は、たった 1 年間の数字だ。仮にこれを単純に 10 年分に伸ばせば 72.1 億円になり、久喜市が実際の 10 年間で積み上げた 31 億円を上回ってしまう。もちろんこれは乱暴な計算で、大洗町の巡礼者数が 10 年間ずっと変わらないという非現実的な前提を置いている。だが、この乱暴な計算が成立してしまうこと自体が、単年と累計を同じ「経済効果◯億円」という言葉で並べることの危うさを示している。

沼津市の 50 億円前後は、毛利教授という推計者の名前と 2016 年からの約 4 年間という期間までは辿れたが、内訳や計算式を示す公表資料は見当たらなかった。ネット上ではさらに大きい金額も見かけるが、そちらは出典を確認できなかったため扱わない。倉吉市と『ひなビタ♪』についても、金額を明記した一次資料に辿り着けなかったので、本稿では数字を挙げないでおく。

「経済効果」という言葉自体の中身

報道される「経済効果」の多くは生産誘発額と呼ばれるもので、街の中で動いたお金の総量である。実際にどれだけの所得や利益が地域に残ったかを示す指標とは、そもそも別物だ。

経済波及効果の試算の多くは、産業連関表という統計の仕組みを使う。聖地を訪れた人が食事や土産物にお金を使うと、それが飲食店や土産物店の売上になり、その売上の一部が仕入れ先や従業員の給料としてさらに別のところで使われる——この連鎖を足し合わせたものが生産誘発額であり、報じられる「経済効果◯億円」はたいていこれを指す。

ただし生産誘発額は、街に新しく生まれた利益や所得そのものではない。仕入れ費用や原材料費も含んだ、経済全体で動いたお金の総量である。実際に地域に残る所得・利益の増分を示すのは、一般に粗付加価値誘発額という別の指標だとされ、両者が区別されずに語られやすいことは産業連関分析の議論のなかで繰り返し指摘されてきた。

加えて、聖地巡礼という現象自体、作品の放送・公開時期に来訪者が集中しやすいという性質を持つ。単年の試算がその年のピークを捉えたものなのか、落ち着いた後の数字なのかによっても印象は大きく変わる。253 億円も 7.21 億円も 31 億円も、間違って計算されているわけではない。ただ、その数字が何を測ったものかを確かめずに一人歩きすると、実態より大きく見えたり、逆に十分な重みを持って伝わらなかったりする。

測られていない側について

経済効果が試算されている聖地は、ごく一部にすぎない。当サイトが収録する 67 作品・50 都市の聖地データのうち、経済効果の金額を持っているのは高山市の 1 件だけである。

当サイトの聖地データベースは 67 作品・50 都市を収録している(アニメツーリズム協会「訪れてみたい日本のアニメ聖地 88」2024 年版の認定作品に、当サイト独自の補足を加えたもの)。このうち経済効果の金額を記録しているのは、高山市『氷菓』の年間約 21 億円ただ 1 件だ。

大洗町も久喜市も沼津市も、本稿でここまで扱ってきた金額は、いずれも当サイトの聖地データには載せていない。継続年数や公認コラボの有無は記録しているが、金額までは持っていない。理由は単純で、金額の試算そのものが存在しない、あるいは算出根拠を確認できる形で公表されていない街がほとんどだからである。

つまり「聖地の経済効果」として語られる数字は、測られた一部の街の、限られた年の記録にすぎない。測られていない大多数の街に経済効果がないという意味では、決してない。ただ計測されていない、というだけのことだ。この区別を、まず自分たちのデータをもって正直に示しておきたい。

金額で比べられないなら、続いた年月を見ればいい

金額で聖地を比べられないなら、続いている年月を見ればいい。継続年数は、単年か累計かに関係なく、同じ物差しで比べられる数少ない指標だ。

当サイトが金額の代わりに記録しているのが継続年数である。久喜市(鷲宮神社・『らき☆すた』)17 年、豊郷町(『けいおん!』)16 年、大洗町(『ガールズ&パンツァー』)10 年、沼津市(『ラブライブ!サンシャイン!!』)8 年。大洗町の商店街では、今も 60 店舗以上がキャラクターパネルを掲げ続けている。

これらの数字には、単年の試算と 10 年累計の試算を取り違える心配がない。「続いている」という事実そのものを数えているからだ。金額は、算出した機関・年・範囲によっていくらでも変わる。だが継続年数は、今年で何年目かを数えるだけでいい。

正直に書くと、この記事を書きながら「253 億円」という数字の華やかさに何度も引っ張られそうになった。大きな数字は気持ちがいいし、街の努力が報われた証拠のように見える。けれど本当に見るべきなのは金額の大きさではなく、10 年、17 年と続けてきた商店街の店主やファンの積み重ねのほうだと思う。次にどこかの聖地の経済効果を目にしたときは、その数字がどの範囲の、いつの、誰の試算なのかを確かめてから、驚いてほしい。

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