地価の中央値は、何件からできているのか。
— 千代田区は年9件、横浜市は年1,377件。同じ「中央値」でも母数はまるで違う
「地価が高い=人気の街」と語られるとき、その中央値が何件の取引から計算されているかは、ほとんど語られない。千代田区の宅地取引は年9件、横浜市は年1,377件。同じ「万円/坪」でも、支える母数(N)はまるで違う——中央値の"重み"の違いを、丘田ちひろが実データで解剖します。
この記事の結論(3行)
- 「地価の中央値」は取引件数(母数N)とセットで読む。千代田区の宅地取引は年9件、横浜市は年1,377件——同じ「万円/坪」でも支える母数がまるで違う。街の通信簿は2022〜2024年の3年合算の中央値で、小さな母数のブレを均している。
- 地価の高さと取引の頻度は別の軸だ。人口4万人弱の郡上市(年41件)は千代田区(年9件)より土地がよく動く。軽井沢町は人口比で千代田区の65倍以上の頻度で土地が取引される「別荘需要は件数に表れる」街。
- 夕張市の地価がnull(データなし)なのは「安い」からではなく、中央値を出せるほどの取引が存在しないから。nullを代用値で埋めないのが街の通信簿の一線。件数が薄い街の数字は「参考値」、厚い街は「相場」として読み分ける。
千代田区の地価は、年9件の取引で決まっている
日本一の地価を誇るはずの千代田区で、reinfolibに記録された宅地の実取引は2022〜2024年、毎年たった9件しかない。年ごとの中央値は900万円/坪(2022年)→1,612万円/坪(2023年)→933万円/坪(2024年)と、1年で+79%、翌年-42%という激しい振れ方をする。3年通して見れば+4%とほぼ横ばいなのに、単年だけ切り取ると別の街に見えてしまう。母数(N)が9件しかないと、たまたま高額な1件が混ざるだけで中央値は簡単に動く。
隣接する港区でも構図は同じだ。宅地取引は年31件(32→28→34件)に対し、中古マンションは年2,045件(2,061→2,080→1,993件)——同じ区の中でも、土地とマンションでは流動性が約65倍違う。渋谷区は宅地取引が年62→71件へ増え、価格の上昇と歩調を合わせている。街の通信簿が千代田区のlandPriceを「2022〜2024年3年合算の中央値」として出しているのは、まさにこの小さな母数のブレを均すための設計だ。
大都市の地価が暴れないのは、母数の厚みゆえだ
横浜市・福岡市・大阪市の地価が年ごとに暴騰・暴落しないのは、取引件数がそれぞれ数百〜千件超あるからだ。横浜市は宅地取引が年1,377件(1,392→1,371→1,367件)、福岡市は年647件(677→650→615件)、大阪市は年762件(728→751→808件)。いずれも千代田区の9件とは二桁〜三桁違う。
中央値の推移も横浜市80.8万円/坪→85.4万円/坪→85.1万円/坪(+5%)、福岡市56.2万円/坪→66.0万円/坪→70.7万円/坪(+26%)、大阪市115.0万円/坪→124.8万円/坪→127.4万円/坪(+11%)と、どれも単年の暴騰・暴落がない。「地価は緩やかに上がっている」という大都市の実感は、数百〜千件超の取引に支えられた、統計的に信頼度の高い動きだ。
人口4万人の郡上市が、千代田区より取引件数で上回る
岐阜県郡上市(人口38,997人)の宅地取引は年41件(37→40→46件)で、人口が6割弱しかないのに千代田区(9件)を上回る。地価の水準は郡上市が坪3万円前後、千代田区が坪900万円台と300倍以上の差があるが、「取引の起きやすさ」はむしろ逆転する。
理由は単純で、千代田区はすでに土地がほぼ埋まっており、売りに出る宅地そのものが希少だからだ。地価が高い街ほど活発に土地が動いていると考えるのは早計で、価格の高さと取引の頻度は別の軸で見る必要がある。
軽井沢町の別荘需要は、価格でなく件数に表れる
長野県軽井沢町(人口19,188人)の宅地取引は年170件(202→148→160件)で、人口比では千代田区の65倍以上の頻度で土地が動いている。人口比で見ると軽井沢町は毎年0.89%の土地が取引される計算で、これは千代田区(0.01%)の65倍以上にあたる。中央値そのものは坪8万〜11万円台とそこまで突出していない――町内には大区画の山林・別荘地も多く含まれるためだ。
軽井沢が「移住地・別荘地として人気」と語られる根拠は、坪単価の高さではなく、この取引件数の厚みにある。似た構図は熱海市(人口34,208人・年29件)にもあり、坪8.3万円→9.9万円→14.9万円と3年で+80%動くが、母数が29件と薄いぶん、この上昇は千代田区型の"振れ"を一部含んでいる可能性も割り引いて読む必要がある。
「データがない」は「安い」ではなく「市場が消えた」
北海道夕張市の地価欄がnull(データなし)になっているのは「安い」からではなく、算出できるほどの取引そのものが存在しないからだ。財政再生団体である夕張市(人口7,334人)は、街の通信簿の地価欄が数少ないnull(データなし)表示になる市のひとつだ。これは中央値を算出できる母数に、宅地取引が届いていないことを意味する。
ピーク時の1/6以下まで人口が縮んだ夕張市では、土地の需要そのものが統計に現れないほど細っている。nullをそれらしい代用値で埋めないのは街の通信簿が譲らない一線で、この記事のような「件数」の視点があって初めて、nullの意味が「安い」ではなく「市場の消失」だと読み解ける。那覇市のように年61件の中間的な母数を持つ地方中核市と比べると、その差は歴然だ。
中央値を読むときは、件数を必ず横に置く
地価の中央値は、それ単独では「1件の特殊な取引」なのか「数百件の相場」なのか区別がつかない。千代田区の9件、横浜市の1,377件は同じ「万円/坪」という単位で並ぶが、意味の重みはまるで違う。街を比べるときは、価格の高低だけでなく、その数字が何件の取引から生まれたのかを一度確かめてほしい。
件数が薄い街の数字は「参考値」として、件数が厚い街の数字は「相場」として、少し違う扱いで読むだけで、地価というデータの見え方は変わってくる。数字は地図であり、最後の確認は現地と、実際の物件の履歴に委ねるのが、街の通信簿の一貫した立場だ。